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ブラジル遠征、セレソンとの戦い詳細(2003年1月、ブラジルサンパウロにて)


<満員の会場でアップする市原、前田、藤井、背中11番は金山>

アジア選手権で初めて2位になって、間もなく明けた2003年は、日本代表にとって怒涛の海外遠征の年となった。何せ、年明け早々ブラジル遠征、しかもブラジル代表と試合ができるチャンスがめぐって来たのだから。。。
この遠征はサッカー協会関係の方がブラジルを訪問した際に実現したものらしく、サンパウロから程近いサンベルナルド市が毎年イベントを開催していて、今回は日本代表対ブラジル代表の試合を組もうということで実現したとのこと。
試合は1万2千人は入るといわれるサンベルナルドの体育館で、ほぼ満員の中行われた。ブラジル代表と試合ができるなんて、サッカーだって滅多に経験できない上に、この雰囲気である。恐らく、選手達は夢心地だったかも知れない。
試合開始1分過ぎたところで早くも先制されてしまった。続けて、3分、6分、何が何だかわからない間に3点を入れられてしまったといった感じ。今さらいう必要はないかも知れないが、ボールキープ力とシュート力この2つの基本的な技術の組み合わせで、スキつまりちょっとしたミスを見逃さず確実に点を取っていくブラジル。そこが日本やアジアのチームとの違いであろう。日本やアジアではミスを犯しても、ちょっとしたミスなら、相手もミスして救われることはいくらでもある。

記念すべきブラジル代表との試合は、その後も得点を重ねられ、結局1−8の大差で終了した。しかし、日本選手達は、語弊があるかも知れないが試合を楽しんでいるように思えた。それは、負けていてもフットサルのボール回しの楽しさ、相手を欺き点を取る楽しさを、ブラジル代表と共有している喜びみたいなものがあったからであろうか。

実際、ブラジルの得点シーンは、サイド攻撃、スルーパス、ピヴォからの展開、強烈なトゥキックシュートなどフットサルのゴールはこうするものというエッセンスが詰まっていた。

1点目:レイトンの正確なトゥキックシュート
2点目:ファルカン長い足でボールを奪って速攻、サイドから中央折り返し、パブロが決める
3点目:レイトンのキーパーの上をふわった浮かしたシュート
4点目:ポストからDFの股を抜くべトンのヒールキック
5点目:トビヤス、ポストからの落としを豪快に飛び込んでシュート
6点目:トビヤス、ポストに入って振り向きざまのシュート
7点目:コーナーぎりぎりからゴールを横切るパスに反応、べトンが中央かちょんと蹴りこむ
8点目:ロングスルーパス、折り返して、最後はべトンが無人のゴールへ。ダイレクトプレーが3連続

日本の貴重な1点は相根だった。残り1分、前田がボールを奪って速攻、キーパーの上を越す浮かしたシュート、これはバーに当たったが、相根が詰めていて零封は免れた。

<メンバー>
GK 川原 永光:田原FC
GK 渡辺 博之:ZOTT
FP 市原 誉昭:PREDATOR、当時はCASCAVEL
FP 相根 澄:PREDATOR、当時はCASCAVEL
FP 藤井 健太:MAG
FP 前田 喜史:CASCAVEL
FP 和泉 秀実:田原FC
FP 金山 友紀:CASCAVEL
FP 木暮 賢一郎:FIRE FOX
FP 難波田 治:FIRE FOX
FP 山蔦 一弘:旭屋
FP 松田 和也:旭屋
新メンバーは、GKの渡辺 博之

<総括>
1月19日 ブラジル<1−8> ● 相根

残念ながら実力の差は歴然だったが、日本代表対ブラジル代表の試合が実現できたことは歴史的エポックであった。むろん、それ以前にもブラジルとの対戦はあったが、まったく今のような環境ではない頃の話である。この実現には関係者の尽力もあったが、市原、前田、難波田、木暮などの代表選手、代表には選ばれなかったが、「志」は同じでこの地に遠征や留学した数多くの選手達がいたからこそ、日本代表対ブラジル代表の対戦を実現させたといっても過言ではない。
注1)ブラジルとの代表戦過去の歴史
・1985 15−1 スペインでの第2回世界大会
・1988 29−1 オーストラリアでの第3回世界大会
・1996 13−1 ベルギーでのフラワートーナメント
注2)ブラジルチームへの留学
・前田、甲斐がCASCAVELに留学
・難波田、木暮がバネスパに留学
・市原が、アマフーザに入団

また、もう1つのエポックがあった。それは後のことになるのだが、現在の日本代表サッポ監督(2004.3現在)誕生のきっかけがこの遠征だったからである。
実は今回の遠征にはサッカー日本代表強化でおなじみの大仁日本サッカー協会常務理事がフットサル担当となり、帯同していた。大仁氏は、ブラジル戦を見学して今までのフットサル観を大きく変えるほどの衝撃を受けたらしい。そして、日本に帰り、川渕キャプテンに状況を報告、さっそくブラジル人コーチ招聘の話となり、ジーコサッカー日本代表監督の推薦でサッポ氏が招聘されたというわけである。

むろん、このときは誰もがこのような展開になるとは夢にも思ってもいなかった。

<ブラジル代表との集合写真>