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第4回アジア選手権詳細(2002年11月、インドネシア・ジャカルタにて)


<インドネシア戦入場行進・・インドネシアのサポーターは試合中ずっと歌い続けていた>

第1回アジア選手権から連続3回4位の日本にとって、今回のアジア選手権はまずは4位の壁を破らねばならない。それには、2つの意味があった。

1つは、第6回つまり世界選手権予選を兼ねたアジア大会で3位を確保するためである。つまり、第6回では、イランとは決勝トーナメンは別の山の方がはるかに3位以内を確保しやすい。そのためには、第5回で最低2位になっていなければならない。そして、第5回で2位になるためには、第4回つまり今回2位以上であるに越したことはない。
もう1つの意味は、モチベーションであろう。また4位、あるいはそれ以下であった場合、建て直すことができるのだろうか。

とまあ端から見ていると悲壮感がただようが、選手達は、自信を持っていたようだ。それは、ブラジル遠征(日本選抜)、タイガー5、スペイン遠征など海外試合の経験が大きいと思われる。それまでは、年1回のアジア大会参加だけだったのだから。
余談になるが、この大会直前にバリ島で爆弾テロ事件があり、大会開催が危ぶまれた。また、厳戒体制の中で行われた。

<メンバー>
GK 川原 永光:田原FC、当時はピッチコーポレーション
GK 遠藤 晃夫:FIRE FOX、当時はCASCAVEL
FP 鈴村 拓也:MAG、当時は神戸ハーバーランドFC(元ヴィッセル神戸)
FP 市原 誉昭:PREDATOR、当時はCASCAVEL
FP 相根 澄:PREDATOR、当時はイタリアIFCチャンピーノ
FP 藤井 健太:MAG、当時はBORDON
FP 前田 喜史:CASCAVEL
FP 横山 恵介:IPDFC(元セレッソ大阪)
FP 和泉 秀実:田原FC、当時はピッチコーポレーション
FP 金山 友紀:CASCAVEL
FP 木暮 賢一郎:FIRE FOX
FP 難波田 治:FIRE FOX
FP 山蔦 一弘:旭屋
FP 松田 和也:旭屋

新メンバーは、フィジカルに強く、もの凄いシュートが武器の松田選手と、同じく長身でこれからが期待できる若干20歳の山蔦選手(当時)。

<予選リーグ>
予選リーグの組み合わせは以下のとおりだった。
グループA:韓国、ブルネイ、バーレイン、タイ、イラク
グループB:イラン、台湾、ウズべキスタン、マレーシア
グループC:日本、インドネシア、キリギスタン、中国、クエート

日本の初戦は、地元のインドネシアが相手、地元サポーターが試合中ずっと歌い続ける応援の中行われた。アウエーしかも初戦ということで、固くなったのか、攻めてはいるのだがなかなか点が取れない。
先制点を奪ったのは、前半11分、パス交換から藤井が思い切り良いシュートを決めてのものだった。しかし、その2分過ぎ、ミスからカウンターをくらい同点にされる苦しい展開。
それを救ったのは市原だった。セットプレーから和泉が決めて1点リードした後半13分、右サイドのスペースに走りこみ、パスを受けたそのボールをふわって浮かした技ありシュートが決まって一気に日本ペースになった。終わってみれば、5−1で、まずは初戦をものにした。

続く2戦目のキリギス戦も楽な試合ではなかった。日本が優勢に試合を進めている前半16分、キリギスの速攻からのシュートをGK川原が弾いたが、運悪くインドネシア選手の体に当たって入ってしまうアクシデント、先制点を奪われてしまった。しかし、その直後に同点にしたのが良かった。堀越コンビの難波田のパスを前田が決めて落ち着きを取り戻し、以降は日本のペースになった。(注:難波田、前田は同じ高校サッカー部出身)
1対1の同点で迎えた後半9分、ついにFKに金山が胸で押し込み、勝ち越しに成功し、2勝目を挙げることができた。

3戦目の中国戦は、相手が格下、7−2の大差で勝利し、クエート戦を迎える。クエート戦に勝てば、C組1位抜けとなる。前述したように、決勝戦でイランと直接対決するためには、C組1位抜けが必須である。
そのクエート戦は、テーマだった守備が機能して零封、攻撃の方は、開始早々の鈴村の先制、後半、楽になりたい時の木暮の追加点と、効果的な得点を挙げ、日本がクウェート相手に完勝、予選C組1位で、準々決勝進出を決めた。

<決勝トーナメント>
予選リーグを抜けた国は以下のとおり。
グループA:タイ、韓国、イラク(ワイルドカード)
グループB:イラン、ウズベキスタン
グループC:日本、クエート、キリギス(ワイルドカード)

この結果、グループB2位のウズベキスタンと準々決勝を戦うことになった。ウズベキスタンは前回大会準優勝チームで侮れない。日本は、第1回大会5−5で引き分け、第2回大会4−2で勝利しているが。。。。
試合は、本当にタフな試合となった。しかし、今回の日本は守備が良い。前半12分、先制した市原の得点を守り続け、最後はウズベキスタンの猛攻にあったが、何とか防いで準決勝進出。
準決勝はタイと対戦することとなった。タイといえば、第2回大会で、世界選手権出場を賭けた3位決定戦で負けて以来の対決である。ここは、是非叩いておいて将来の布石を打っておきたいところ。結果は、日本が好調の守備から入って、3−0と快勝、念願の決勝進出を果たし、決勝でイランと当たるという願ってもない展開となった。

決勝のイラン戦、そのイランはこれまで準々決勝のインドネシアに10対2、準決勝の韓国に7対4と相変わらず強者ぶりを発揮しての決勝進出であった。一方の日本は、苦節?年、やっと決勝で当たることができた。第1回、第2回あたりで対戦した藤井 市原 前田 相根、鈴村、難波田らは感慨深いものがあったのではないか。
そして、奇しくも先発のFPは市原、前田、相根、難波田となった。さすが、戦いなれてきたか、守備には自信が出てきたので、臆することなく攻撃も果敢に行い、互角に近い戦いぶりが15分間続いた。もっともGK川原の好守備に助けれた面もだいぶあったが。。。残り5分、相手はイラン、ちょっとしたミス、守備の乱れを見逃してはくれない。気をつけないといけない時間帯にバタバタとしてしまい3点を献上、前半は0対3で終了。結局、後半も悪い流れを絶ち切ることができずに、今までの中では一番悪い成績でイラン戦を終了した。
<イラン戦成績>
1999年 第1回アジア大会 2−5(準決勝)
2000年 第2回アジア大会 2−6(予選リーグ)
2001年 第3回アジア大会 4−8(予選リーグ)
      同       2−8(準決勝)
2001年 タイガー5S 3−5(プレートの部 決勝)
2002年 第4回アジア大会 0−6(決勝)・・・今回成績

<総括>
10月23日 対インドネシア<5対1> ○ 鈴村2、藤井、和泉、市原
10月24日 対キルギス<2−1> ○ 前田、金山
10月25日 対中国<7−2> ○ 市原2、木暮、鈴村、藤井、山蔦、前田
10月26日 対クウェート<2−0> ○ 鈴村、木暮
10月28日 対ウズベキスタン<1−0> ○ 市原
10月29日 対タイ<3−0> ○ 市原、前田2
10月30日 対イラン<0−6> ●

決勝のイラン戦はともかく、失点は2点以下、零封が2試合もある安定した戦いぶりが窺え、テーマである守備については基盤を固めることができたのではないか。これはある程度メンバーを固定化し、海外経験を積んだことの成果といえる。そして、何よりの成果は2位でフィニッシュしたことである。
イラン戦については、展開のアヤで悪い時間帯にバタバタと入れられた側面もあり、ただちに0−6のスコアを云々しても仕方がない。ただ、守備だけでは勝てないことも確かであり、攻撃は最大の防御のことわざもあるとおり、攻撃を織り交ぜたゲームの展開力、バリエーションを持たせることが今後の課題として見えた試合であった。