| レアルマドリッド100周年記念大会詳細 |
2001年、アジア大会を4位で終わった競技フットサル界(?)、2002年はちょっとした出来事があった。それは、日本代表選手を多く送り込んでいるCASCAVELが都リーグから勝ち上がって関東リーグに参戦したことだ。また、名門の府中水元クラブから分かれた府中アスレティックも昇格ができた。
それ以前、トップチーム同士の通年のリーグ戦が必要ということで、CASCAVEL、PREDATOR、府中アスレティックなど有志チームが中心となって私的リーグ、「スーパーリーグ」
を立ち上げていたが、これでこの年は両リーグが並行して年間を通じて切磋琢磨することとなった。 一方、関西の方も、2001年発足した(プレリーグは2000年)関西リーグが2年目を迎え、関東、関西を中心に通年を通じたリーグによる強化がいよいよ本格化した年となった。
注)スーパーリーグは、関東リーグがまだ通年の大会でない頃に企画されたリーグで、日本のフットサルを強くしたいという選手自らの想いが手作りのリーグ作りとなったもので、翌年を最後に関東リーグと統合するが、今の日本代表作りに大きな影響を与えた。
そんな位置付けの2002年の3月、スペイン遠征の召集がかかった。それは、スペインの名門サッカーチーム、あのレアルマドリッドの創立100周年を記念して行われたフットサル大会で、スペイン、ブラジル、エジプト、そして日本が招待されたのだ。
監督は、タイガー5S以来、引き続き原田監督となったが、チーム作りの方はまだまだ模索状態であった。幅広く人材を選ぶという観点からか、関西から新たなメンバー3名が選出された。また、相根は直接イタリアから、市原はブラジルから戻って間がない参加となり、新メンバーも含めたチーム練習や戦術が十分確認できないままの遠征となった点は否めない。
<スペイン遠征メンバー>
GK 川原 永光:現在は田原FC、当時はピッチコーポレーション
GK 遠藤 晃夫:現在はFIRE FOX、当時はCASCAVEL
FP 鈴村 拓也:MAG、当時は神戸ハーバーランドFC(元ヴィッセル神戸)
FP 市原 誉昭:現在はPREDATOR、当時は当時はブラジル、アマフーザ
FP 相根 澄:現在PREDATOR、当時はイタリアIFCチャンピーノ
FP 藤井 健太:現在はMAG、当時はBORDON
FP 前田 喜史:CASCAVEL
FP 金山 友紀:CASCAVEL
FP 木暮 賢一郎:FIRE FOX
FP 那須 伸也:現在はバンフォーレ甲府(J2)、当時は神戸ハーバーランド
FP 新庄 文隆:FC solceu
FP 塩谷 伸介:旭屋
注)那須、新庄、塩谷選手が新メンバー、いずれも関西から選出。
さて、試合の方は、最初にスペインとの試合が行われた。結果は、0−16の大差でスペインに敗れてしまった。もっとも、今の段階ではこのくらいの差はあっても仕方がないのかも知れない。ブラジル相手でも、展開によっては10点以上すぐ差がつくのだから、ましてやブラジルを破った世界王者である。。。
ただ、選手も言っていたが、ブラジルは遊び心があって、手を抜くが彼らはまったく手を抜かず、最後まで点を取る、そして点を取らせない、そんな試合であった。
戦術的には、スペインは選手全員がよく動き、ゴール前の細かな所でもパス交換を行い、正確に点を重ねていく。ブラジルのような強力なミドルシュートやピヴォに当てて得点するというよりも、とにかくドリブルとパスを使って相手を崩すことに基本を置いているようである。
ただ、その基本は個人技があって初めて実現できるもので、その点ではブラジルもスペインも変わりはないのであろう。
日本は、今回は関西から選出が多かったせいもあって、関西セットと前回の市原セットといった組み合わせで対応したが、セット以前の問題だったかも知れない。
続いて、エジプト戦も、タイガー5のようなわけにはいかず、1−2で敗戦、結局、最下位で、スペイン遠征を終えた。
<総括>
3月29日 スペイン<0−16>●
3月31日 エジプト<1−2> ●前田
残念ながら、チーム編成にしても戦術にしても、模索段階であったこともあり、また、相手が強すぎこともあり、大きな成果を得ることはできなかった。しかし、昨年、ブラジルと戦い、ここでスペインと戦って、世界の頂点のフットサルを続けて体験できたことは、個々の選手達へのもっと上を目指したいという強烈な動機付けになったことは間違いない。
なお、大会成績は、世界選手権、タイガー5に続いて、またしてもスペインがブラジルを4−3で下し、対ブラジル3連勝の花を添えて優勝を飾った。
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