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フランス遠征詳細(2005年10月、フランス グルノーブルにて)


<国旗掲揚時の整列写真、うしろにフランス観客は満員>

フットサルライター北 健一郎氏から特別寄稿の記事をいただきました。ありがとうございました。
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 ベトナムでの4年連続アジア選手権2位から早5ヶ月。その間、候補合宿は何度か重ねた末に訪れた「国内最後の親善試合」(大仁団長)。その対戦相手は日本とサッカー協会同士が提携関係を結んだばかりのフランス。サッカーでは強豪国として名を知られるフランスだが、ことフットサルにおいては、ワールドカップはおろかユーロへの出場経験もない無名国である。
 日本のメンバーは5月のアジア選手権から定永、伊藤、鈴木、稲葉が外れ、代わりに近藤、小山、太見、森谷と80年代生まれの初代表が名を連ねる。顔ぶれの変化のみならず、木暮はファイルフォックスからナザレノ(スペイン)、小野もフトゥーロからCLTテルニ(イタリア)、鈴村のバルガスも含めて海外チームに所属する選手も3人と増えた。
 日本の訪れるグルノーブルは1964年に冬季オリンピックの開催地である。“冬季”の舞台だけあり、冬場は冷え込むが10月下旬の日中は暖かく長袖1枚でも出かけられるぐらいの気候だった。

<スケジュール>
10月23日 トレーニング
10月24日 トレーニング
10月25日 対フランス代表(グルノーブル)
10月26日 対フランス代表(シャンブリー)
<メンバー>
GK 石渡 良太 府中アスレティックフットボールクラブ(東京)
   川原 永光 Predator Futsal Club(千葉)
FP 比嘉 リカルド FC琉球(沖縄)
   藤井 健太 Predator Futsal Club(千葉)
   金山 友紀 Cascavel(東京)
   鈴村 拓也 BARGAS(スペイン)
   木暮 賢一郎 NAZARENO(スペイン)
   小宮山 友祐 Fire Fox(東京)
   小野 大輔 CLT Terni(イタリア)
   近藤 純也 P.S.T.C.Londrina(神奈川)
   小山 剛史 府中アスレティックフットボールクラブ(東京)
   太見 寿人 Botswana(東京)
   高橋 健介 Predator Futsal Club(千葉)
   森谷 優太 Cascavel(東京)
<トレーニング>
 22日の午前中にパリに到着すると、その日のうちにリヨン経由でグルノーブルまで移動。23日には木暮、小野、鈴村の海外組3選手も合流して、24日までの2日間の2部トレーニングをスタートした。
 練習会場の体育館は割と新しく床面はグリップ力のある素材で、日本だと埼玉県にあるTSスポーツセンターに近いだろうか(あそこはコンクリートだが)。
 世界ランクで日本を下回るフランスとの親善試合だけに、合宿は試合対策よりもチーム強化に重きを置かれた。24日の午前中はインプレー、ゴールクリアランスのパターン練習を繰り返し、午後でも同様にセットプレー、フリーキックをサッポ監督が合間で止めながらスタート時の立ち位置、動き出しのタイミング、ボールの種類をこと細かく教える。
 初代表の4人の中でも戦術的な決め事の皆無なボツワナから選出された太見は、チームとは勝手の違う代表の練習に戸惑っていたようで、「パターンがあるから大変です。(小山)剛史君と一緒に復習しています」と漏らす。
 2日間のトレーニングはヨーロッパ組に比嘉を加えたビブスなし、「新しい選手が2人、経験豊富な選手が2人」のバランスで組み合わせた黄ビブス、緑ビブスの3チームで固定化して進める。  ヨーロッパ組と比嘉のセットは候補合宿に参加していないブランクを埋めるべく、プレー中にも「守備を中心に」(鈴村)積極的に話し合い、また、黄ビブス、緑ビブスは代表歴の長い金山、藤井がサッポ監督の意図を汲み取ってチームに伝える役割を果たす。
 最後の紅白戦では太見、小山、金山、小宮山のセットのダイナミックなプレーが目立ち、サッポ監督は「明日は彼らを先発で使う」ことを練習終了後のインタビューで明らかにした。
<第1戦>
 前日のサッポ監督の言葉どおり、第1戦のスターティングファイブは太見、小山、金山、小宮山、石渡。  0−0という「プレッシャーのかからない場面で若い選手を出したかった」(サッポ監督)ため、5分過ぎにはスタメンを高橋、藤井、近藤、森谷に丸ごとチェンジして一気に初代表の4人が代表デビューを果たす。
 それでも、先取点をゲットしたのはやはり代表常連組の木暮。13分、比嘉のパスを木暮がゴール前の動き出しにより引き出すと、落ち着いてトゥーキックを沈める。16分には藤井のダイアゴナルパスに金山が飛び込んでリードを2点に広げる。前半、太見は2本、小山、近藤は1本ずつシュートを打つもののノーゴール。
 そうすると19分、明らかにフランス寄りの笛を吹いていた主審が、日本に6つ目のファウルをカウントしてフランスの第2PK。これをマルコビッチがゴール右上に蹴り込んで1点差で前半の20分間を戦い終える。
 24分、フランスはエースのマルナがカウンターでボールを持ち上がり、対峙する鈴村、藤井の間を鮮やかなドリブルですり抜けて、最後はGKまであっさりと外してゴールへ運んで同点に追いつく。  27分、木暮がマークを引き連れてゴール中央から左サイドへ流れてスペースを空ける。後方の金山は木暮にボールを当てると、すかさず中へ入り込み木暮の折り返しをダイレクトで合わせて3−2でリードを取り戻す。
 その後、32分に鈴村の4点目で2点差とした日本はフランスの反撃を凌いで第1戦を勝利した。「そんなに強さは感じなかった」(小山)とはいえ、戦前は報道陣の間でも「日本が大差で勝つのでは」と予想されたゲームは思わぬ接戦となった。
 ポゼッション率は恐らく8対2ぐらいで日本が上回っている。総シュート数も日本の34に対してフランスは10本と3倍を放っている。その割に点差が開かなかったのは、日本のお家芸であるスムーズなボール回しを封印されたからである。
 インプレー中も「イチ!」、「ヨン!」などサインプレーの番号が何度となく聞こえるが、フェイクで戻るときに足を取られてパスを受けられない、ボールが走りすぎてトラップを失敗するといったミスが繰り返される。
 日本が苦しめられたのはフランスのフットサルではなく、足元の感覚を狂わせるピッチだった。23、24日の2日間、合計8時間に渡ってトレーニングした「ちょっと止まる感じ」(小野)の練習会場とは正反対の滑りやすいピッチは、ダッシュ、ストップに要する力を増幅させ、パススピードをアップさせた。  日本が克服すべき課題はプレー面に留まらず、どんな状況下でもベストのパフォーマンスを見せられる適応力も含まれることを痛感させられた4−2の辛勝だった。
<得点経過>
13分 1−0 木暮(比嘉)
16分 2−0 金山(藤井)
19分 2−1 マルコビッチ(第2PK)
24分 2−2 マルナ
27分 3−2 金山(木暮)
32分 4−2 鈴村(小野)
<第2戦>
 ハットトリックと大活躍の鈴村は試合後に言う。「滑らないからやりやすいと思ったんですけどね」。グルノーブルのエシロール体育館から車で約1時間のシャンブリーにある、大型スポーツ施設内のラ・モッテ・セルバレックス体育館はピッチの具合を芝生のグラウンドのように表すならば「良好」だった。  第1戦でサインプレーの成功率が低下した大きな要因−−滑りやすいピッチ−−が取り除かれることで、「全員が普段は11人制でプレーしている」フランスに、日本は継続的にフットサルをプレーしている強みを最大限に生かせると思われた。
 しかし、フランスのジャッキー監督から第1戦の後に「非常に強いチームだった」と賞賛を受けた日本は、第2戦は6−6の殴り合いの末に引き分ける。その上、鈴村の6点目はタイムアップと同時の“ブザービーター”で、認められるか認められないか紙一重だったのだから、相当に苦戦したのがわかってもらえるだろう。
 第1戦の意表を突いた、あえて言えば親善試合らしいスタメンからは全員が入れ替わり、小野、木暮、藤井、鈴村、川原の5人でキックオフ。「ヨーロッパの知り合いにも聞いて回ったが情報が手に入らなかった」(サッポ監督)第1戦の前とは違って、フランスが侮れない実力を持っているチームだというのは既にインプットされている。
 サッポ監督が試合の流れを引き寄せるべく「心から信頼している」と公言する彼らを最初から使うのは自然な選択でもあった。だが、日本のスタメンはペースを握るのはおろか、3分、ゴール前でのFKからマルコビッチに先制点を許してしまう。これで目が覚めたのか、日本は4分、鈴村が藤井の強パスにフットサルの鉄則である“ファー詰め”によってゲームを振り出しに戻す。
 しかし、同点とした矢先の1分後、日本は小野へのピヴォ当てを潰されると、チーム全体が前掛かりになって空いた裏のスペースを突かれてバッソンに2点目を献上する。すると8分、GKの前方のスペースでボールがルーズになると、川原のクリアは目の前に突っ込んでくるバッソンに跳ね返り日本ゴール方向へ……。
 日本は良くない失点の仕方で1−3のシチュエーションを強いられるが、12分に金山、18分に小野が取り返してハーフタイムまでには3−3と帳尻を合わせる。
 そして、後半はスタメンに抜擢された小山へのピヴォ当てを主軸に攻め立てるが追加点を挙げられず、逆に26分にはゴール前の浮き球をマルコビッチのワンタッチコントロールで3−4。前半に引き続き、後半も先手を取られる苦しい展開を余儀なくされる。
 これ以降、日本は35分までの約10分間、小野、木暮、金山、鈴村の主力クラスをフル活用して同点、そして逆転を目指す。チーム全員が連動する、失点と隣り合わせのリスクを背負った攻撃は何度もピンチを招くがGKの石渡が水際で食い止める。
 残り時間が6分のところで業を煮やしたサッポ監督は第1戦で脇腹を負傷し「本当は使わないつもりだった」(サッポ監督)比嘉をパワープレーのGKとしてピッチに送り込む。その直後、35分、36分と立て続けにコンディション不良の比嘉の緩慢なプレーによる2連続失点。
 フランスは残りの4分間をフランスはペナルティエリア内に全員が閉じこもって3点を凌ごうとする。なおもパワープレーで攻め立てる日本は37分、鈴村がミドルを叩き込んで反撃の狼煙を上げると、直後にはエース・木暮のシュートがようやくゴールネットを揺らして5−6。
 フランス勝利まで秒読みの39分57秒、日本は最後の望みを託したCKを木暮→比嘉とつないで右サイド、最後は鈴村がコンパクトに左足を振り抜く。「ビーッ」という低音と共にゴール左上に到達したシュートはゴールと認められて、まさしく土壇場で日本がドローに持ち込んだ。

<得点経過>
3分 0−1 マルコビッチ
4分 1−1 鈴村(藤井)
5分 1−2 バッソン
8分 1−3 バッソン
12分 2−3 金山(藤井)
18分 3−3 小野(金山)
26分 3−4 マルコビッチ(ダ・クルズ)
35分 3−5 ベンゴマリ
36分 3−6 ヤヒア・ベイ
37分 4−6 鈴村(比嘉)
37分 5−6 木暮(小野)
39分 6−6 鈴村(比嘉)