| 第1回アジア選手権詳細 |
記念すべき第1回アジア選手権は、マレーシアのクアラルンプールで行われた。メンバーは、1ヶ月ほど前に行われた全日本選手権を中心に選ばれた。監督はサッカーでおなじみのマリーニョである。
監督:マリーニョ
選手:
GK 定永久男:現在もFIRE FOX
GK 金沢信二:現在はNAC監督、当時はエスポルチ藤沢
GK 若林孝治:当時は清水市役所
FP ラモス瑠偉:元Jリーガー
FP 安藤信仁:現在CASCACVEL、当時はグレートホッチポッチ(全国大会九州代表のチーム)
FP 原田健司:現在はMAG、当時はASPA(その後FIRE FOX)
FP 向薗泰洋:当時はNTT九州
FP 市原誉昭:現在はPREDATOR、当時はエスポルチ藤沢(その後CASCAVEL)
FP 上村信之介:現在はFUTURO、当時はFIRE FOX
FP 相根澄:現在はPREDATOR、当時はエスポルチ藤沢(その後CASCAVEL)
FP 中村俊仁:現在は府中AFC、当時は府中水元
FP 藤井健太:現在はMAG、当時はASPA
(現在=2004年2月)
顔ぶれを見ると、今のフットサルの源流ともいえる府中水元、エスポルチ藤沢(のちのCASCAVEL)、FIRE FOXのメンバーが名を連ねている。注目は、20才で選ばれた現在CASCAVELで活躍する安藤であろう。
この時のメンバーで、2004年2月の候補にも選ばれた選手は、市原、相根、藤井の3選手である。
さて、試合の方であるが、日本はB組に入った。A組にはイランがいる。
A組:キリギスタン、タイ、シンガポール、韓国、イラン
B組:カザフスタン、日本、マレーシア、ウズベキスタン
<予選リーグ>
予選リーグは、初戦が地元マレーシア戦、本来なら1勝すべき相手であるが、相手はプロサッカー選手を集めてきた。初戦、アウエー、相手はプロサッカー選手ということもあってか、前半2−1でリードするも後半に追いつかれ、引き分けに終わってしまった。
第2戦はカザフスタン戦、固さもとれたか、4−1で快勝、ウズベキスタン戦は、ウズベキスタンに後半3−5まで引き離されたが、上村、市原の活躍で5−5に追いつき、引き分け、これで1勝2引き分けとなった。
しかし、日本に負けたカザフスタンがマレーシア、ウズベキスタンに勝って2勝1敗のため、日本は2位、なんとか決勝トーナメントに進出できた。
<決勝トーナメント>
初戦は、A組で圧倒的1位だったイランと対戦、やはり実力は当時からイランが1枚上、2−5で敗れ、3位決定戦にまわる。 3位決定戦は、予選リーグで対戦したカザフスタンだった。カザフスタンには2−1でリードしていたものの終了間際に同点にされ、PK戦も3−4と敗れ、4位に終わった。2位には8−3でカザフスタンを下した韓国が入り、優勝はイラン。
<総括>
・予選リーグ
3月5日 マレーシア<5−5> △ 藤井3、中村、上村
3月5日 カザフスタン<4−1> ○ 藤井、安藤、ラモス、相根
3月8日 ウズベキスタン<5−5> △ 藤井2、市原2、上村
・決勝トーナメント
3月9日 イラン<2−5> ● 中村2
3月10日 カザフスタン<2−2>(PK3−4)△ 藤井、ラモス
引き分けが3つと多く、勝ち切れなかった。リードしていながら、後半に同点、逆転された試合が2試合あり、やはり、国際経験がなかったか。とくに初戦のマレーシア戦の引き分けが痛く、勝っていれば1位抜けで、イランとの戦いを避けることができ、韓国と準決勝ならば、2位の目はあったかも知れない。代表を賭けるような国際大会は、初戦が大事を思い知らされた大会であった。
また、結果的にはラモス効果はなかったことになるが、今振り返ってみれば、フットサル選手自身、まだまだ技術、体力、精神面で向上の余地があったということで
はなかろうか
なお、この大会では世界選手権出場国を選ばないことが決まり、1年の猶予を得たことはラッキーなはずだったが・・・
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